teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]


新着順:9/599 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

SRI体験小泉純一郎氏とキッシンジャー氏の共通項

 投稿者:shionメール  投稿日:2011年 4月 3日(日)12時24分22秒
  通報
  1966年「小泉純一郎」氏は、私の課外授業大菩薩峠登山へ同行していました。
ここで小泉氏は【慶応を卒業した】ともぅ一人の男性の口から私へ説明されて
います。

【1965年】は、「小泉純一郎」氏のご尊父【純也】氏が【核戦争機密三矢研究】の
自衛隊演習(机上)が、国会で暴露され【防衛庁長官を辞任】された年であり

大菩薩峠登山へ小泉氏が同行されていた翌【1966年】は、
CIA自民党の政策により【東海村に原発が初建設】された年です。

そこで私ははなから【核兵器製造目的】の基に【原発の無知なる増設】が相次
いだと認識いたします。

___________________________________


また、婦女の肉を食したのでもなく、婦女を闇雲に連続暴行したのでもなく
所謂【婦女一人暴行/妊娠】初過失で、
小泉純一郎氏が、父純也氏に【精神病院独房】へ【強制措置入院】させられた
事実に、私は首を傾げます。

この後【CIA検察庁】が、小泉純一郎氏の【婦女一人暴行/妊娠】犯行調書を
【隠滅】したことについても、私は首を傾げます。

あまりにも【条件が揃い過ぎ】て【段取りがよろしぃ】と。

つまり【他の目的】のもとに、小泉純一郎氏は、
1960年代はじめから徐々に【CIA機関に操作】され
【1967年に、SRIの人格操作】を受けた_と私は体験的に考察する次第です。
                       (つづきは末尾へ後述)

________________________________


小泉進次郎君の学歴に鑑みて
純一郎氏の【二浪と二年留学の挙げ句慶応卒業の学籍】も訝しぃところです。

註:私は他所の人々の学歴や経歴を問題にする趣味を持ち得ません。

しかし、偶然にも、私は、
▼【小泉純一郎氏】が
▼【1965年の一年間】は
▼【毎朝午前8時5分ころ】、
▼【浦賀ゆき】の【京浜急行線品川駅ホーム】へ
▼【分からない記章の学帽】をかぶられ
▼【学生服姿で、ぼーっと一点を見つめられて、立っておられた】のを
毎朝、目撃しております。
(これでは朝帰りの方角です)


▼皆が忙しく動く中、私には
▼【小泉純一郎氏が立つエリアは時間が静止】して見えました。

1965年12月14日、私は【小泉氏とデートの席】で、
記章は【都立高専の記章に似ていますが?】と小泉氏へ尋ねております。
が、小泉氏はうつむいたまま、お返事なさいませんでした。

_______________________________

小泉純一郎氏首相就任後
ー私にはそれ迄一度も体験しなかったことが続発ー


▼【私に対する電流投与】は【2001年から開始】されておりましたが

?2003年頃、自宅深夜、夫へ私は
?【小泉さんは都立高専を卒業したのではなかったのかしらん】と
?【呟く】よぅな声で言いました。

すると翌日の
?【日経、夕刊、小コラム欄】へ
?【歴代の首相で京浜急行線沿線の専門学校を出た者はいない】と掲載され
ました。
何と前後の脈絡のない唐突な文面。が、私への回答としては的確です。


斯様に
▼【私の日常会話に対する回答】が、
▼【購読する新聞】【乗車する車のマイカーラジオ】【室内の電化製品】
へと、即
▼【文字や音声や、地震のよぅな唸りや震動】となって次々と発生し出し
ました。一種の【拷問】です。

▼【2005年の郵政刺客解散選挙】までは【相当な異常状態】が発生してい
ました。
▼【小泉氏の心境そのもの】【小池百合子氏のサポート】であると思われ
ました。

_________________________________


ー小泉氏刺客ツマの私に対する妨害と攻撃ー(深さ情け?野望?)


▼2005年の【小池百合子愛知博】は【私のPC内メモのそっくりパクリ】です。

?私が1999年~【絵画制作発表のために下書きしていたタイトルとコンセプト】
がそっくり抜き取られました。
?【私の気になる人々】として【書き出していたメンバー】は、みなそっくり、
?【愛知博企画メンバー】となっていました。


▼小池百合子氏が防衛省長官就任の【2007年6月末~9月はじめ】の二ヶ月間は
▼拙宅屋根の上は【激戦地】と成り果てました。

▼30秒間隔で【戦闘機、偵察機、軍用ヘリ、みたことのないソ連の軍用機らしき】
までが【極めて低空】を【複数同時に狂い飛び】ました。
ー異常気象(雲)を二度発生ー


小泉氏と小池氏の恋愛騒動に、なぜ私が引き合いに出され、拷問を受け続けなけ
ればならないのか、現在も被害体験する中で私には疑問です。

__________________________
__________________________


ー私の電流投与体験から結論へー


CIAの【SRI洗脳と矯正教育体験】者である
ヘンリーキッシンジャーと小泉純一郎氏の共通点は
?【人格が分裂症状】、【精神分裂症診断を受けた】こと。

__________________________
__________________________



ソ連のスパイ組織NKVDの「スパイ教育の過程」で、
・キッシンジャーの思考能力が破壊され、
・人格が分裂症状気味になっていた為、
・無能で行動力の弱い夢遊病患者状態だったキッシンジャーは
・「自動車の運転手程度にしか使い道の無い」人間だったと
当時のOSS防諜局長ジェームズ・ジーザス・アングルトンは報告書で
述べています。


OSS(現在のCIA)の将校用の自動車運転手をしていたユダヤ人
キッシンジャー。

米国のOSS(現在のCIA)組織のSRI(マインド・コントロー
ル技術の研究施設)で教育し直されたユダヤ人キッシンジャー。

______<この大統領補佐官のユダヤ人キッシンジャーについて、
______<既に、十二分にご存知の事と存じます。




▼偶然とは言ぃ難き出会いは【1981年キッシンジャー秘書官の娘)
が、私のもとへ【書を習いに来た】事実も、一応挙げておきます。


▼私は小泉氏と相互に初デートした後、小泉氏の【激励の書簡】
を受け取った時点で、私は【小泉記憶を喪失】いたしました。

前述の大菩薩峠における小泉氏は【見知らぬ男性】として、
私に新たに記憶されましたが、
その見知らぬ男性が【私の真正面へ数時間座っていた数時間】
私は、見知らぬ男性と目線を絶対合わせなぃように努めており
ました。(何も知らないのですから)

大菩薩峠下山途中では
▼【私だけが、緩やかな傾斜面で、突如垂直に舞い上がりました】


この【不可解】は、小泉氏が語った【親指の爪が割けた】とともに、
記憶喪失となった私の脳裏へしっかり刻まれ、喪失と回復の狭間に
浮かんでいたよぅです。

▼38年後になって【小泉記憶が私に回復】したきっかけは
まさにこの【不可解が二つそろって再現された時】でした。


▼私は『1965年までの小泉』氏と『1966年からの小泉』氏の
薬物使用前と使用後のよぅな【境界の顔】を存じ上げます。


私の住所を知り乍ら、私へは知らせず、
▼『私の行動をすべからく知っていた小泉氏のスキル』は
どこで得たものでしょぅか?



CIAは実に正確に【人間の性格と出自と素性と背景を調査】して
います。

テキ屋小泉又次郎家の婿養子の
翼賛会議員として追放された【純也】氏は
【CIAコード持つ岸信介】氏と、
1960年代はじめから沖縄へ
【核持ち込みを許可】した、弟の佐藤栄作の推薦により
【防衛庁長官に就任】しました。


【アンポ男】と称され、純也氏は何も知らずに受け売りで
【機密核戦争三矢計画】の演習をしていたのかも知れません。


純也氏が辞任となった1965年
浪人と留年の挙動不審大学生活を送る小泉純一郎氏が
【CIAの洗脳教育の標的:完全なる候補者】となったと私は
受け止めております。

OSS=CIAの正規の諜報部員【岸信介や吉田茂】の二代目を継ぐ
べき彼らの孫【安倍晋三や麻生太郎】は【爺の親心で除外】され
純也氏の嫡男【小泉純一郎】氏が【SRI措置の選任を受けた】と
言えるでしょぅ。


?小泉純一郎氏は【大学卒業も約束】され
?過去も未来も【CIA検察庁による犯罪の証拠隠滅】は約束され
?大人しく言う事を聴いていれば【首相のポストも約束】された
のでしょぅ。

すなわち
小泉純一郎氏は
SRIスタンフォード・リサーチ・インスティテュートの
派出所となった【精神病院松沢病院の独房】D-40棟で

麻薬や
脳の切開手術等で
【人間の思考を強制的に変更】する
【マインド・コントロール技術】と
【人格の矯正手術】の【国内第一号実験台】になっていた、
と私は考察しています。

なぜなら私が、2001年から、小泉氏にまったく同じ事されている
からです。
彼の潜在意識:体験記憶が、私へ同じ事をさせているのです。


さらに
小泉純一郎氏首相就任中に
次男の進次郎君が【CSISにおいて対日工作員】を承ったのです
から、はやCIA自民党のCIA総裁が約束されたよぅなものです。


小泉純一郎君を、世界と国内の【最大ヤクザ】がサポートし
その傀儡となった小泉進次郎君は前途洋々ーー
放射能社会となっても、小泉準猪一郎君はヒーイズレジェンド
として生き抜くのでありましょぅーー
ロスチャイルドとメードの間の子供ヒトラーも然り。


人類にとっての【地表】は一度壊れてしまぇば、
人間が【二度と立つ事は不可能】です。
が、ひとは簡単に作られる、と。でもどこへ立つ目的なのか。


それを1965年12月14日、私は、小泉純一郎といぅ男性が
どこに住む、どんな家の、どこの学生なのかも知らずに
一途に【応えて呉れる唯一の人と信頼】して尋ねていました。

http://blogs.yahoo.co.jp/shion1082001/MYBLOG/yblog.html

 
 
》記事一覧表示

新着順:9/599 《前のページ | 次のページ》
/599